本尊   不動明王坐像

脇本尊  十一面観世音菩薩坐像

開山   天文年間(戦国時代)

安榮山 明王院 福傳寺

多摩四国八十八箇所 第七十七番札所

武相卯歳観音札所   第十五番札所

福傳寺は「安榮山 明王院 福傳寺」と号し、天文二年以前に開山されました。江戸時代は子安明神社(現・子安神社)領六石を幕府より賜り、別当として社務を司っていました。

 明治維新の廃仏毀釈により、別当は廃止され、明治十三年清水寺と合併しました。昭和二十年八月二日の八王子大空襲により堂宇は悉く灰燼に帰しますが、

戦後再建整備が行われ、現在の姿となりました。

 本尊の不動明王坐像は南北朝時代作と言われております。忿怒の形相で慈悲の怒りを現し、右手の智慧の剣で一切の煩悩迷いを切り払い、左手の羂索で悟りの世界へ衆生を引き入れるお姿です。

 脇本尊の十一面観世音菩薩坐像は伝・聖徳太子作と伝えられ、通称「子安観音」と呼ばれています。福傳寺の御詠歌にも

『懐妊の女人をまもる観世音、子安村とぞ聞くもたのもし』と詠われており、安産成就子育満足の御利益があります。

お時間のゆるす限り、ごゆっくりとご参拝ください。

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